Archive for August 2006

17 August

正雪記


 今どき?と思う方も多いだろう。ずっと読み続けていた、山本周五郎の『正雪記』を読み終えた。

 多分、購入したのは一昨年か二昨年。その時に百頁程読んで止めてしまっていた。黙読するには文章がちょいとくさく、音読もしくは朗読すると結構はまるのだが、この七百五十頁ほどの文庫本、持ち歩くには分厚過ぎ、酒の共に家で読むには、文庫本の体裁が悪く、片手で本を押さえていなければならず、結局、その時は読むのを止めた。
 今年に入って、もう一度最初から読んでみた。相変わらず印象は良く無い。だいたい、何故俺は由井正雪が気になったのであろうか、とも思うが、そんなことはどうでも良く、おそらく旅先の暇つぶしでちょっとした記憶から、この本を手に取っただけだろう。
 ちょっとした記憶というのも他愛が無いことで、その昔、私が由井正雪を扱ったラジオドラマを良く聞いていた、と言うだけの事。70年代初頭のAMラジオ、午後10時代、ニッポン放送だったか。怪人二十面相のラジオドラマや欽ドンを聞いていた頃の同じ時間帯に、由井正雪のラジオドラマが放送されていたのだ。私が聞いた範囲では、正雪が旅先で色々な人に出会うという股旅ものの様に聞こえていた。
 
 それはさておき、山本周五郎の『正雪記』だが、二百頁程読むと、周五郎の筆のノリが変わってくる。物語上は「島原の乱」あたり。さらに四百頁程進むと、周五郎はもうノリまくって来て、筆圧が上がる。こうなってくると、もう周のおもうつぼなのか、残りが面白くて仕方が無い。で、あっという間に読み終える。
 魅力とも言えるが、女性の描き方の無骨さ(下手ともいえるか)は特筆。本人は美文攻めのつもりかもしれないが、40男の俺には、背中が痒くなる感が高く(まあ、酒の共には◎)、笑ってしまうところもあるが、当時の浪人(徳川三代家光末期)の一途さは痛い程つたわるし、物語後半の主要人物・味平自決の場面はいとおしく、清々しく、美しい。

 多分、史実にはもとづいていない。歴史上は慶安事件とされているが、幕府のでっちあげが強く、冤罪であろうふしも強い。

 微妙に一途さだけでは無く、迷いが感じられるのも、歴史小説としては珍しいのか、青春感も強い(私が読んだ限り、歴史小説の主人公は最後はまっさらに真っ白にシンプルになって、生涯を貫ているのだ。本多正信や直江兼続や勝海舟ですら)。

 そういう意味では、正雪は静かに散ったが、周五郎は無骨なロマンでそれを描いた。


 山本周五郎の50代の作品。アブラが乗り切っている面白さには、圧倒された。

14:22:04 | skri | No comments | TrackBacks